唾液
唾液は、唾液腺から口腔内に分泌される分泌液である。
水、電解質、粘液、多くの種類の酵素からなる。唾液は、唾液腺より分泌される。
正常では1日に1000〜1.500 ml (安静時唾液で700〜800 ml 程度)分泌される。
成分の99.5%が水分であり、無機質と有機質が残りの約半分ずつを占める。
デンプンを分解するβ-アミラーゼを含む消化液として知られる他、口腔粘膜の保護や洗浄、抗菌、組織修復や排泄などの作用を行い、また緩衝液としてpHが中性になるように働くことで、う蝕の予防も行っている。
空腹時に食物を見、これを咀嚼した時、粘り気の少ない漿液性の唾液が大量分泌され、これにより食物は湿らされる。
このことにより粉砕しやすくなり、食塊の形成や嚥下を容易にする。
嘔吐の前兆として苦味のある唾液が大量分泌される。
これは嘔吐物に水分を補給して排出しやすくするための働きと考えられる。主な唾液成分とその働き
唾液の 99.5% が水分で占められ、残るわずか 0.5% が有機物と無機物であるが、以下のように驚くような様々な作用をする。
これは、人間の発育、健康の維持・増進に必要な食物を最初に取り込む入り口であるからと考えられる。
すなわち、口腔組織の修復を絶えず行いながら、食物に含まれる有害物質を排除・無毒化して、本来の目的である消化・吸収がスムーズに行われるように働いている。唾液腺は、動物の唾液を分泌する腺であり、導管は口腔に開口している。
大唾液腺と小唾液腺とに分類している。
また分泌物の性状によって漿液腺と粘液腺、混合腺の3つに分類される。
脊椎動物の大唾液腺は、顎下腺、舌下腺があり、哺乳類には更に耳下腺がある。
唾液腺は自律神経支配で、交感神経と副交感神経の二重支配を受ける。
交感神経では粘液性唾液が、副交感神経では漿液腺唾液が分泌される。大唾液腺 管 開口部 性状
耳下腺 ステンセン管 耳下腺乳頭 漿液腺
顎下腺 ワルトン管 舌下小丘 混合腺(漿液性優位)
舌下腺 バルトリン管 舌下ひだ 混合腺(粘液性優位)
唾液腺は、動物の唾液を分泌する腺であり、導管は口腔に開口している。
大唾液腺と小唾液腺とに分類している。
また分泌物の性状によって漿液腺と粘液腺、混合腺の3つに分類される。
脊椎動物の大唾液腺は、顎下腺、舌下腺があり、哺乳類には更に耳下腺がある。
唾液腺は自律神経支配で、交感神経と副交感神経の二重支配を受ける。
交感神経では粘液性唾液が、副交感神経では漿液腺唾液が分泌される。大唾液腺 管 開口部 性状
耳下腺 ステンセン管 耳下腺乳頭 漿液腺
顎下腺 ワルトン管 舌下小丘 混合腺(漿液性優位)
舌下腺 バルトリン管 舌下ひだ 混合腺(粘液性優位)
小唾液腺は、粘液線、漿液線、混合腺に分類され、口唇腺・口蓋腺・臼後腺・舌腺(前舌腺・後舌腺・Ebner腺)・頬腺などはほとんどが混合腺である。
大唾液腺は導管を通して外分泌されるが、小唾液腺に導管はない。この中で、Ebner腺は味覚発現に関与しており、この腺から分泌される漿液性唾液は、味覚受容器のある味蕾の溝に存在し、溝の中の味物質を洗い流し、次の刺激に備える役目がある。
唾液分泌量の日内変動
唾液の分泌は個人間で差異があるが、個人内では一定のリズムで増減している。
顎下腺の分泌量は、睡眠時に少なく、覚醒時に多い。
このような唾液分泌の変動の原因は、唾液腺の分泌リズムであると考えられている。減少すると考えられます。唾液分泌量の年内変動
耳下腺の分泌量には、極めて特徴的な年内変動が認められる。
比喩に分泌量が多く、夏には減少する。
そして、春と秋では、冬と夏の中間の分泌量を示す。
このような変動は、体内水分量の調節作用の反映と考えられている。一般的に、唾液分泌量は、副交感神経支配の睡眠時には少ないと言われている。
一方、交感神経支配時には、唾液分泌量が少なくなり、口内はカラカラになる。
矛盾では?いずれのグラフも安静時の唾液分泌量であるため、日常とは異なる状況下でのデータである。
従って、食事や会話など外来刺激の多い普段の生活においては、唾液分泌量は多くなると考えられる。
また、舌下腺の唾液分泌量は全体の約5%と言われており、数値そのものへの影響は少ない。緊張時や、イライラなどのストレスにさらされると、副交感神経の活動は弱まり、交感神経が優位に立つ。
すると、副交感神経支配の唾液量が減少し、交感神経支配の粘液性唾液(舌下腺)が分泌することから、口の中はネバネバもしくはカラカラした状態になると考えられます。
一方、夜間の睡眠時には、交感神経の活動が弱くなるだけではなく、同時に副交感神経の活動も弱くなるため、全体の分泌量は減少すると考えられます。実験前の唾液分泌速度は平均0.34ml/min、またオレンジジュース嚥下後の最大分泌速度は嚥下後から 5 秒区間の3.38ml/minで約10倍の増加が見られ、いったん上昇した唾液分泌速度はpH同様に約10分程で安静時と同程度になった。
緩衝作用について
100%オレンジジュースで口をゆすいで,飲み込んだ後の唾液の分泌速度
最初にゴクンした後の 5 秒間でコップに唾液を出して、その後、5秒ごとに唾液を出していく。
すると、飲んだ直後は安静時の10倍以上の唾液が出る。
酸が入ってきたので,これは大変だと反応して唾液が出る。
pHを測定すると、ジュースを飲む前は pH7.0 を少し超えた数値が、ジュースを飲んだ直後には pH6ぐらいまで下がる。
10 人の被験者で3人ぐらいはpH5.4以下に下がる人がいる。その人は刺激唾液が少ないと考えられる。
しかし、そのような人でも徐々にpHは回復して、pH5.4に下がった人も1分以内には元に戻るという実験結果が出ている。
酸っぱいものを口に入れてもエナメル質の臨界pHよりも下には下がっていないと思われる。
このようにかなりpHの低い飲料でも唾液の影響によって,歯の脱灰は阻止されていることが示された。100%オレンジジュース嚥下後の各区間における全唾液pHの変化。
実験前の被験者の安静時唾液pH平均は7.26でジュース嚥下後平均-1.49低下した。10名中4名は、pHが歯牙脱灰臨界pH5.4を下回ったが、30〜60秒にはそれを上回る回復が4名全員に認められた。10分程度でほぼ安静時と同程度まで回復した。恒常性(ホメオスタシス: Homeostasis)は生物のもつ重要な性質のひとつで生体の内部や外部の因子の変化にかかわらず生体の内部環境を一定の状態に保ちつづけようとする性質、あるいはその状態を指す。
生物が生物である要件のひとつであるほか、健康を左右する重要な要素でもある。
恒常性の保たれる範囲は体温や血圧、体液の浸透圧やpHなどをはじめ免疫作用など生体機能全般に及ぶ。
この恒常性の中に、唾液によるpH緩衝作用がある。唾液の緩衝作用の95%は、重炭酸塩系によるもの。血液のpHを調節している主なメカニズムは3種類
- 呼吸により炭酸ガスの放出を調節する。
- 排尿により酸性物質を体外に出すことで調整する。
- 重炭酸塩などの物質で血液中の酸を中和させる。
参考資料 渡部茂 Shigeru WATABE, DDS, PhD. J Health Care Dent. 2010; 12: 25-31
洗浄作用(唾液分泌と嚥下による希釈)
左図 はサイフォンの原理を図示したもの。
水が<**>印のラインに達したときに、一気に<*>の出口の高さまで排出される。
一旦<*>の高さまで水がなくなると再び水が溜まり始め、<**>印のところまで来たらまた水が一気に排出される。
このサイフォンのような水の交換の仕組みが、私たちの口の中にあって、口中をきれいに維持している。
飲み込む頻度は、個人によって違っており、なかなか嚥下しない人と、比較的早く嚥下する人がいる。
無意識的な生理反応によって、嚥下と分泌がくり返される。
口の中が汚れているとき、唾液が出て溜まり、ある量に達すると唾液を飲み込む、これを延々と何回も繰り返すことにより希釈していく。
したがって、希釈の効率がいい人は口腔環境がいいと言える。参考資料 渡部茂 Shigeru WATABE, DDS, PhD. J Health Care Dent. 2010; 12: 25-31
第26回片山セミナーから
唾液の効用
なぜ噛ませるのか
「噛む事と唾液の効用」 片山恒夫
「なぜ噛ませるのか」「なぜ噛むのか」をどのように患者に伝えていくのか
・・・改善してゆく、つまり社会改革です。それに前向きに努力することで、はじめて社会的健康が得られるということ。
歯医者がですよ! やっている側が病気なんですよ。
不健康なんだ。やっている側がまず健康でなければ、病人を治すなんてな事はチョットおかしな事ですよね。そのへんのところが一番もとで、まずこっちが精神的にも社会的にも健康でなきゃあいかん、という事。
これはあたりまえの事で、そうすると、くどいようですけれど、噛めるようにしてあげただけではダメ。
そこを十分噛んで、暮らしが定着するように迄が、医者の務めだと。
医者の義務だと、そういうように自分に厳しくオブリゲート(自分に義務を課す)してゆく。そうすると、有名な人になるということになる。
つまりノブレス、つまり通常「高貴な人、貴族」という意味ですが、この場合はそうではないんです。
つまり社会的に地位の高い人という意味ではなくて、ノブルというのはラテン語で「よく知っている」という意味ですね。
knowが語源で、つまり「知っている」から始まった字なんですから。
よく知っている人が、それだからこそ責任を果たしてゆく、という言葉ですね。
それを実地にやってゆくことになります。
だからどうしても自分に、そのキチッとしたものを持ってなきゃいかんという事になる。注 「ノブレス・オブリージュ」noblesse oblige:貴族は義務を負う
他人に多くを求め自らの権利を主張する者⇔自らに多くを求め自分に義務を課す者
唾液が、がんを予防する
元同志社大学教授 西岡一先生
西岡一教授は、魚や肉を焼いたときにできるオコゲの中に、変異原性(発ガン性)があることを発見しました。
さらに、その他の多くの食べ物・飲み物に発ガン性があることがわかりました。
「発ガン物資が体の中に入ったら、どのように反応変化するのだろうか」
まずは、口の中で唾液と混じるのが最初の反応です。
ここで、どのように変化するのか?
その結果、発ガン物質によってバクテリアに変異原性を起こす強さが、唾液を加えることによって、小さくなることがわかったのです。唾液中のどのような成分が、発ガン物質の毒性を消去するのかを 調べた結果、唾液中に含まれている酵素のペルオキシダーゼとカタラーゼが 、発がん物質の毒性を消していること。さらに、これらの酵素が、有害な活性酸素を除去する強い働きがある事が分かりました。
食品に含まれる添加物や農薬、たばこの成分には多くの発ガン物質が含まれており、これらが体内に入ると多量の活性酸素を発生させます。
活性酸素は生体で最も大切な遺伝子(DNA)を傷つけ、ガンをはじめ様々な成人病を引き起こし、またアレルギーや老化の原因になります。この「唾液パワー」は、唾液に約30秒浸すだけで充分でした。
それでは何故、昔の人には、ガンになる人が少なく、現代では異常なほど多いのだろうか。
昔の人、と言っても、戦前までの日本人は、緑茶や野菜などの植物に発がん性物質が入っていることなど知りませんが、先祖(両親)から伝えられた「噛む」ことによって、知らず知らずのうちに毒消しをしていたことになります。
唾液は血液から作られています。この唾液こそ、自然治癒力の源だといえます。
卑弥呼は、 一食3,990回噛み、 所要時間は51分(一回の食事)
徳川家康は、 一食1,465回噛み、 所要時間は22分
戦前の日本人は、一食1,420回噛み 所要時間は22分
現代の日本人は、一食 620回噛み、 所要時間は11分家康から戦前まで、約300年以上経過しましたが、噛む回数に大きな変化はありません。
ところが戦後約70年という短い期間で、家康に比べて半分以下しか噛まない食文化ができてしまったということなのです。
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フレッチャーイズム
現代人は、ファストフード、火食、軟食、濃い味付けの食品が巷に氾濫していて、食物をあまりよく噛まなくても美味しく食べられるため、よく噛む習慣はどんどん少なくなってきています。
卑弥呼時代の1/6、戦前と比べても半分以下と言われています。
これまで、多くの唾液の効用をより効果的に発揮させるためには、よく噛んで唾液を多く分泌させる必要があることを謳ってきましたが、おおよそ100年前に既に実行している人がいました。
その人がアメリカの時計商フレッチャーです。
「フレッチャーイズム」(1913年) とはフレッチャーが実施した「噛む健康法」のことで、日本語版では「完全咀嚼法」(1940年)として出版されています。フレッチャーは19世紀中頃にアメリカで生まれた。
時計商として成功し、大いに活動し、大いに食べ大いに飲んだ。
ところが40歳ごろ、身長168cmで体重が88kg余りになり、体力は衰え白髪の老人になってしまった。生命保険を断られて驚いたフレッチャーはすっっかり一切の仕事を放棄し、医者の指示に従って養生専門の生活を始め、欧米各地の療養地を訪ね歩き、様々な療法を試み、医学書を読み漁った。
しかし、少しも良くならない。しかも体重は100kg近くまでになっていた。ふとしたことから、彼は1897年の夏、食物の選び方、取り方、食べ方を、医者の言うことの反対に、自分の腹の要求に任せることにした。
まず、腹が空腹になるまでは食べないこと。食べたいものを食べること。口に入れたものはドロドロになるまで何回も噛むことにした。
この方法を続けている間に、彼は非常に調子が良くなってくるのを覚えた。そして4ヶ月後には体重が74kgに、腹囲が150cmから94cmになって、不思議なことに体力が出てきた。
20歳も若返った気分で仕事ができるようになった。
食事時間は30分から35分で、咀嚼回数は2500回位、それでいて日に一食で間に合うようになった。
水を飲むにも、ほんの少量を口に入れ、体温ほどまで温めてから飲む。
5ヶ月目には、体重71kg、最後には58kgほどにまでになった。ここまでは、大げさな伝記のようですが、彼の体力は驚くほど回復し、むしろ体力が増強していったと言えるようです。
1903年、事実であることの実証のため、彼はエール大学生理学教授チッテンデンの実験台になった。
その結果、驚くべきデータにチッテンデン教授は、それまでの栄養学の非を悟り、潔く新しい栄養学の建設にとりかかった。
さらに、同大学のアーヴィング・フィッシャー教授は、フレッチャーイズムの実行組と非実行組の体力測定を行ったところ、圧倒的に実行組の数値が優れていることを確認できた。「正しい食べ物」の「正しい食べ方」を続けていると、不思議に利欲や名誉、享楽や安逸、不道徳や多淫の欲望も消えるという何とも素晴らしい副産物まで得ることができるという。
「噛み方健康法」正食協会編 より
参考 ふとしたこととは?
イギリスで4期に渡り首相を務めたウイリアム・グラッドストン氏(1809-1898)である。
ある日、一人の新聞記者が首相官邸で質問をした。「85歳にもかかわらず、どうしてお元気なのですか?」
その答えは、「天は、私たちに32本の歯を与えたから、いつも32回噛むようにしている。これを子ども達にも言い聞かせ、守らせるようにしている。」ふとしたこととは、このウイリアム・グラッドストン氏の「32回噛み」のニュースのようだ。
参考 ふとしたこととは?
イギリスで4期に渡り首相を務めたウイリアム・グラッドストン氏(1809-1898)である。
ある日、一人の新聞記者が首相官邸で質問をした。「85歳にもかかわらず、どうしてお元気なのですか?」
その答えは、「天は、私たちに32本の歯を与えたから、いつも32回噛むようにしている。これを子ども達にも言い聞かせ、守らせるようにしている。」ふとしたこととは、このウイリアム・グラッドストン氏の「32回噛み」のニュースのようだ。
食は命なり
水野南北
食べることは人間存在そのものである
Ludwig Feuerbach
基本は、よく噛むこと、噛めること
片山恒夫
口腔内細菌叢の中で、どの菌が病原細菌と言われるものなのでしょう
口腔内には約700種の細菌が存在し、プラーク1mgには1億個以上の細菌が存在していると言われている。
う蝕病原細菌として注目されているのは、強い酸を産生し病原性バイオフィルムの形成に深く関与するS.mutans、S.sobrinusといったMutans Streptococci(ミュータンス レンサ球菌群)や、非常に強い酸を出し自身も耐酸性の高いLactobacillus属などである。
また歯根面のう蝕ではA. viscosus等も検出され、その関連性が注目されている。歯周病原細菌は、う蝕以上に多くの細菌等が関与し、その同定も難しいと言われてきたが、近年のめざましい研究成果によってさまざまな細菌の病原因子も明らかになってきた。
歯周病原細菌の中での3菌種、A.actinomycetemcomitans、P.gingivalis、T.forsythiaについては、さまざまな研究から強い関連性が判明し、1996 年の世界歯周疾患ワークショップで歯周病原細菌として認められたものである。
その後、SocranskyらはP.gingivalis、T.forsythia にT.denticola を加えた3菌種をRed Complex(レッド・コンプレックス)と呼び歯周病と強く関連する菌として分類している。様々な口腔内細菌
さて、胎児は分娩の際に産道に生息する細菌群に暴露されるが、出産と同時に空気中や外界の細菌が口腔内に侵入する。出産後の口腔内の微生物は好気性菌および通性嫌気性菌である。ところが、乳歯が生えてくると偏性嫌気性菌が検出されるようになる。健康な口腔では好気性菌が多いが、清掃が不十分であったり口腔疾患に罹ったりすると偏性嫌気性菌によるタンパク質分解が強くなる(口臭)。歯が完全に無くなると、再び通性嫌気性菌だけになるが、義歯を装着すると偏性嫌気性菌が認められるようになる。このように、私たちの口腔は生まれた時から死ぬまで、細菌との付き合いに終始する。また、口腔内の環境によって、常在細菌の種類や量が変化し、平時はこれらの多種多様な細菌が互いにバランスを取り合っているため、口腔疾患が重篤になることは少ない。
歯周病患者の口腔内細菌動画
プラーク内細菌
口腔疾患の病因論
前項で、う蝕と歯周病の原因菌と思われる主な細菌の概略について説明した。
そして、これらのう蝕や歯周疾患の原因菌の究明には、過去100年以上にわたって莫大な時間と労力が費やされてきた。
すなわち、う蝕の原因に関する研究は、化学細菌説から始まり、その後、酸産生能の高い乳酸菌説に変わった。
ところが当時の動物実験で乳酸菌のう蝕原性が証明できず、最終的にコッホの4原則にかなうミュータンス菌の発見に至っている。
しかも、虫歯菌の原因菌として周知のミュータンス菌をはじめとした数種の細菌種がう蝕や歯周病の原因菌の強力な候補として注目されているが、いずれも病因論の全貌解明には至っていない。パラダイムシフト
口腔は多くの病原菌の侵入口であるにも関わらず、多くの病原菌は定着できない。
これは、口腔には常在細菌叢が形成されているために病原菌が排除されるためである。
したがって、口腔の感染症の多くは口腔細菌が原因である。
また、個々の細菌は病原性が弱いため、単独で疾患をおこすのではなく混合感染となり発症までに時間を要する。何と言っても700種を超える口腔内常在菌の存在が大きな障碍になっており、これらの中から病原細菌を特定することは容易ではない。
通常は人畜無害に見える細菌であっても、その構成バランス崩壊することで病原性を発揮する可能性が示唆されており、善玉・悪玉的観念で捉えることは不十分であると言われ始めている。
多種の細菌が複雑に絡み合って発症すると考えられるので、病因因子の強い細菌のみならず口腔内細菌叢の全体構成および動態の把握する網羅的口腔内フローラ解析が必須になると考えられる。参考
「コッホの4原則」
- ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
- その微生物を分離できること
- 分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
- そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること
「ヘンレの原則」と「コッホの原則」
ヘンレの原則とは、コッホがゲッティンゲン大学の学生の時、組織学教授として教鞭をとっていたヤーコブ・ヘンレが1840年に発表したもので、コッホの原則の原案に相当する。
ヘンレは、ある微生物が特定の病気の原因であることを証明するためには以下の3つの条件を満たす必要があると考えた。- ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
- その微生物を分離できること
- 分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
この3つをヘンレの原則と呼び、コッホの原則はこれに4つ目の条件を付加したものである。
ヘンレがこの原則を発表した当時、すでにいくつかの病気については病巣部に特定の微生物が存在することが見出されていたものの、当時の技術ではその微生物を単独で分離することが不可能であったため2つ目以降の条件を満足させることは出来なかった。
その後、固形培地による細菌の純培養技術の確立など、研究技術の進歩により、1876年にコッホは初めて炭疽菌の分離および純培養に成功した。
さらにそれを動物に接種して炭疽を起こせること、その病巣部から再び炭疽菌が分離できることを明らかにした。
これが、単なる現象論のみでなく科学的な実証実験によって病気と病原体との因果関係を証明した最初の報告である。
コッホは以後、同じ方法論で結核菌やコレラ菌を発見し、ヘンレの原則はコッホの原則に取り込まれて病原体の同定法として確立されることになる。
これ以降、数多くの病原体がコッホの原則に則って発見され、医学微生物学は急激な進歩を遂げた。コッホの原則の限界と有効性
微生物学の進歩に伴って、コッホの原則では証明できない感染症の存在も明らかになった。
ヒトに病気を起こす病原微生物が必ずしも実験動物でも病気を起こすとは限らない
日和見感染のように、その微生物が存在しても必ずしも発病しない場合がある
このため現在はコッホの原則をすべて満たす病原体が見つかることの方が却って稀である。
しかしながら、SARSが初めて出現したとき、サルを使った感染実験によって、もう一つの病原体候補であったメタニューモウイルスではなく新種のコロナウイルスがSARSの病原体であることが証明されており、今日においてもコッホの原則が病原体同定に重要な意味を持つことには変わりがない。口腔の部位による様々な細菌構成
口腔内細菌叢は歯面と粘膜面では細菌構成が異なる。
口腔内は、歯や舌、粘膜などは表面性状およびそれらが形作る局所環境の違いから多様なニッチが構成されている。参考 ニッチ
西洋建築において、壁や柱に彫刻などを飾れるよう上部が半ドームになっているくぼみのこと。
日本語では壁龕。
それが転じて「適所」や「適切な地位」などの意味で使われることが多い。
生物学においては「生態学的地位」として使われ、ある特定の生物が生態系の中で得た、最適な生息場所やその生物が活動する時間や空間、餌等、環境のすべての資源のことを指す。Fig.1 口腔の異なるニッチ
数字はSegataらの分類(Fig.2)によるグループ一口に口腔内フローラといっても部位によって細菌構成が大きく異なっている。
口腔の様々な部位は、①歯面 ②舌・唾液 ③頬粘膜・歯肉・硬口蓋 の3群に大きく分類される。①歯面においては、初期の段階ではStreptococcusやNeisseriaといった通性嫌気性菌が大半を占めていたのに対し、プラークが成熟する後期になるにつれFusobacteriumやVeillonellaといった偏性嫌気性菌が優勢になっていった。
また、歯面の部位によっても構成比率が異なっていることも分かった。
これらから、プラークは一定の規律と安定性のもと内外の環境に影響を受けながら遷移していく動的な細菌群集であることが明らかである。②③のうち舌粘膜面においても、Streptococcus、Neisseria、Fusobacterium、Veillonella、Actinomyces、Prevotellaなどが優勢なのはプラークと変わりがないが、構成バランスが異なっている。
この図では表示されないが、最も大きな違いは、プラークでは様々な要因で細菌構成が遷移していくのに対し、粘膜面の細菌構成は比較的安定に保たれているという点である。Fig.2 口腔の様々な部位の細菌構成
TM7:分離報告はないが、遺伝子配列から菌門レヴェル系統を構成すると認知されているグループの1つ
Segata N, et al :Genome Biol(2012) 13 より展望
これからは唾液に注目
NPO恒志会 常務理事 沖 淳 Jun Oki
歯科において従来から行われている齲蝕や歯周病等の治療、修復や補綴の処置等は大切なことですが、歯科が社会に貢献できる部分は限られたものになります。
これからの歯科医療は全身との関係を見据えていく必要があり、さらに予防中心の医療にシフトしていき、すべての国民の健康の維持・増進を助力し、生涯健康な生活を送れるように貢献する必要があります。
唾液はこれから注目です。唾液からすでにアミラーゼ 計測によるストレス測定、咀嚼により唾液中のグルコース 変化で咀嚼能率を数値化することが可能になっています。
今後、唾液から口腔内細菌叢のメタゲノム解析を行うことで病気の原因の究明や、予防・未病での介入、エビデンスに基づいた食事指導ができるようになるかもしれません。
健全な口腔内細菌叢とは、どの段階で決まるのか、もし問題があれば変えることができるのか、環境因子・食生活で改善することができるのか、その研究が必要です。
腸内常在菌叢のメタゲノム解析には糞便を採取する必要がありますが、口腔常在菌層は唾液の採取で済みますから診療室でも簡単に行える利点があります。
またメタゲノム解析の技術・計測器の進歩で、初期に比べるとはるかに安価になっています。
そして、全国民が幼児期に常在菌叢をメタゲノム解析し、疾患のリスク度を判定できれば、各個人に見合った予防プログラムを作成していくことができるでしょう。進化の過程からも食生活は文化であり、ヒトに影響を与えてきました。
食生活は細菌叢や遺伝子の変化に関わる重要なものです。
食生活の指導もエビデンスに基づいたものになる時代がもうそこまで来ています。
健康や病気に関わってくる食事指導をどの段階で介入するのか、誰がそれを受け持つのか。
親であり学校教育であるのは当然といえますが、医療従事者が係わる必要があるはずです。
医科の中で、食事指導を積極的に導入しているのは糖尿病、腎臓病などですが、これらは疾患の治療の一環としての食事指導です。
食の問題を予防、未病の段階で介入しやすい科は、食べ物の入口である口腔器官を扱い、乳幼児期から高齢者まで長期間関わっている歯科(口腔科)が最適だと考えます。まずは歯科界にこれらに係わる研究者を育てエビデンスを確立することです。
そのためにはカリキュラムの中に生命科学や分子生物学、臨床栄養学が導入されなければなりません。
臨床家と研究者、異分野との連携もますます重要となってきます。時代は大きく変化しています。
オーラル・フィジシャンとしての 役割を果たす
東京歯科大学 名誉教授 奥田克爾 Katsuji Okuda
要約
2005年筆者は、日本歯科医師会雑誌に「健康 破綻にかかわる口腔内バイオフィルム」と題した解説論文で、1990年文芸春秋社から出版された遠藤周作の「花時計」に書かれている「変わるものと変わらぬもの」を紹介した。
狐狸庵先生で親しまれた著者は、「糖尿病になると眼にくる、また歯の疾患になる。ところが、眼科医は医者で歯科医は別扱い。口の病気は、いろんな疾患に関わる。将来は、歯科医は眼科医とおなじく正当な意味での医者であるべきだ。そして歯科医も人体の臓器や疾病との関係を研究すべきである」と書いている。日系の Eugine Sekiguchi アメリカ歯科医師会会長は、会長時に我が国を訪問された際、「歯科界はヘルスプロモーションに大きな貢献しているというエビデ ンスを積み重ねながら、口腔疾患の予防と治療に専念すべきである」と話された。
近年、欧米諸国の歯科医学教育ては、医師となるべきプログラムと変わらぬ教育が重視されている。
世界保健機構のオーラルヘルス部門は、慢性感染症の予防に重点をおいた健康政策を推進し、世界各国かそれを受け入れるように指導している。
そして、「どの国においても口腔疾患に関しては、ごく一部しか関心を持っていないことから、多くの人たちが口腔疾患の予防に取り組むような政策が必要である」と述べている。口腔は病気の入り口でありながらその重要性が見逃されてきたが、疫学、臨床および基礎研究から、歯周病と全身疾患の関わりが解明され、歯周医学が確立され、歯科医師に今まで以上の医学知識が求められているといえる。
したがって、歯科医師は、「オーラル・フィジシャン(Oral Physician) としてのスタンス」を今まで以上に大切にしなければならないことを強調しておく。